お父さんに認めて欲しかった

対話を深めていくと、出てくる原体験…

お父さんに認めて欲しかった
お母さんを助けてあげたかった

褒められたかった
役に立ちたかった
必要とされたかった

そうしないと、愛されない。いちゃいけないと思った。わかって欲しかった。

その傷に気づかないと、大人になった今でも、無意識にそれをやり続けます。

誰かに認められるために
誰かに褒められるために

助けて、役に立って、できる自分やすごい自分を証明し続ける。そのために頑張り続ける。

それはそれで、悪いことではないけれど、ちょっぴり苦しい。頭打ちが来る。

誰かに認められることが、生きる軸になっているから。

もし、

できても、できなくても。役に立っても、立たなくても。

「もう既に、自分には存在としての価値がある」と認めてしまえたなら。

もうなにかを証明する必要もなくなる。

自分は自分と繋がって、感じて、静かに満ちていて。

『みんなのため』の、みんなの中に、自分も入れてあげて。

そこから、どう生きるのか。

ここからが、本当の自分の人生のスタートなんだと思うんです。

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